『涙…?』
朝の光で目が覚めると頬にかすかに涙の跡があった。
なんでだろう、あの一件以来朝起きると自分が涙を流していることがある。
ええと、なんて名前だっただろうか。
ホテルの廊下で私の姿を見た男の子…。
私はその子をためらい無く撃った
仕事中だった私の姿を見てしまったから。
ジャンさんが言っている。
『仕事中に誰かに見られたらそいつを必ず殺せ。』って。
だから私はジャンさんの言うとおりにした、ただそれだけ。
なのにあの一件以来私の体は時々悲しくも無いのに涙を流す。
私の意志とは何も関係なく。
『おかしいな。』
私は涙の跡を手の甲でぬぐうと起き上がったベッドの上で大きく伸びをする。
でも、私にはそんなことどうでもいいのかも知れない。
昔、どうしても手に入れたくて仕方の無かったものが私の手の中にある。
私の思い通りに動いてくれる自由な体があると言う幸せ。
その幸せの大きさに比べれば朝涙を流していようが、何人の人を殺そうが大したことじゃない。
『おはよう、リコ。』
そう言っていつものようにヘンリエッタがベッドの上から私を覗き込んでくる。
『おはよう。』
笑顔でそれに答える私。
今日もここでの一日が始まる。
いつもと同じような幸せな一日が始まる。
『エミリオ…。』
ふと口をついて出た誰かの名前。
誰だっただろうか?
きっと会ったことはあるんだろうけど顔も思い出せない。
良くあることだ、気にしないでおこう。
私は膝までかかっていた布団から抜け出すと、まだベッドの上で髪をとかしているヘンリエッタに声をかけた。
『今日もいい日になりそうだね!!』
そう、私には悲しいことなんてなにも無い。


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